彼らの旅 私の旅 桜散る前にわたし散る

「ちーす」

「あ、カモシカさん!またまたお久しぶりじゃないですかぁ。でも、元気そう」

「おお、ご無事ないようで」

「え?何のこと?」

「噂によると、カモシカさん怪我したって・・・」

「ああ、どっからの噂?」

「うんと、1ヶ月前くらいに来たSNSつながりとか言う西の国のお客さんが言ってたんです」

「あー、あのお方かしら」

「会わなかったの?」

「お寿司おごってもらうつもりだったんだけど、足がね」

「あ、やっぱり怪我してたんですね」

「うん、まあね」

「事故ったんですか?」

「そうじゃないんだけど。念願の桜見に行ってね・・・」

(カモシカ回想譚)

そう、忘れもしないあの日、念願の日本三大桜と言われる三春の滝桜を見に行った。

人で混みあう時間帯を避けるため、前日三春入りして翌日の早朝に桜を見に行った。2日間とも、どこもかしこも桜が見事だった。

目的地に着き、ちょっとした不注意でバイクを倒してしまい、足を負傷した。それも、日本三大桜を見下ろす丘の上で。

バイクは保険を使って輸送してもらい、後日シフトペダルの曲がりとクラッチレバーの曲がり程度で済んだことがわかった。

代わりに、予想もしなかった自分の足の骨折が判明した。ちょうどシフトチェンジに必要な足の甲の部分、真ん中三本の骨が折れていた。

とはいえ、激痛と言うほどの痛みもなく、骨折したために任意保険も適用されることになり、望まないロングバケーションが始まった。

しかし、私の春は終わった。

私にとって春は一年で一番好きな季節だ。

そして私にとっての春は、桜が咲いて散るまでの季節のことだ。

バイクは軽傷だったが、足の骨折でバイクに乗れない日々が続いた。

救いは、私が選んで通っている整形外科の先生がバイク乗りであることだ。

問診の合間、ほんの一瞬のバイクの話題に救われる。

年寄りがバイクに乗るのは辞めなさいなどとは、間違っても言われない。

通院してから1ヶ月になろうという日。先生はふいに言った。

「バイク乗りたい?」

私は即答できなかった。

出来ないこと、手に入らない物を強く求めることのない私には、いま骨折している足で乗ることのできないバイクに、どうしても乗りたいという気持ちは無かった。

無いものねだりをしないタイプなのかもしれない。

しかし、先生のその言葉の後に続く言葉を瞬時に考えると、とっさに身構えた。

もう、バイク辞めたら?と言われるのかと思ったから。

思ったと同時に、バイク取りに行かないといけないんです、と答えた。

「バイク屋どこなの?」

「あそこです」

「まあ、そんなに遠くもないか」

「それにシフトカバーのゴム買ったんです」

「足付きは?」

「膝曲がるくらい」

「左足着かないようにね。ドンって」

「まあ、親指折れてないからシフトチェンジできるだろうけど」

「え、乗っていいんすか?」

「まあ、激痛だったら運んでもらって」

「えええ・・・」

「じゃあ、2週間後」

もう一つの救いは、足がさほど痛まなかったため、2週間超に及ぶロングバケーション中にあちこち出かけたことだ。つい油断して、先生に言われた「動かないように」を忘れてしまう。

桜がまだ綺麗だから、新緑があまりにも美しいから、とついつい歩いてしまうこと多々。なるべく歩かないように自転車を利用しても、目的地でけっこう歩いてしまうのだ。

そのため、骨が余計なところに増殖されつつあるということだ。

「動いたでしょ」

少しの沈黙の後、先生は言った。

「もう、こことここに骨出来てるよ。まあ、足だから邪魔にならないだろうけど」

骨がずれて激痛が走らなければそれで良いものと、私は思いこんでいた。しらすや鶏ヤゲンでカルシウムをたっぷり摂取して、太陽光を浴びれば良いと思っていた。夜は足を心臓より高くして寝るようにと言われた通りにしていたし。

「カルシウムの取り過ぎですか?」

「動いたから」

「え、でも足高くして寝てました」

「だから、動き過ぎ」

先生は呆れながら、なにげにバイク乗りの気持ちを汲んでくれる発言をする。自身がバイク乗りだからこそなのだろう。普通一般の先生なら、年寄りは危ないからバイクなんて辞めなさいと言うに違いない。

そして、3番目の救いは、任意保険の自損傷害特約を追加契約していたことだ。

バイク輸送を依頼した保険会社からの連絡に、骨折だったことを報告したら、保険が適用されると言われた。収入の心配をせず、安心して仕事を休める。

新しく就いたばかりの仕事だったが、先生曰く2週間はムリとのこと。素直に休むことにした。

意図せず与えられたロングバケーションに、私は何をすべきか考えた。今できることをするしかないだろう。広告の付いたブログを更新し、ネタを得るために出かけた。

保養を兼ねて温泉へ行った。大好きな季節を存分に感じるためにでかけた。

ずっと前から予定していたコーヒーの焙煎教室へ行き、自宅で焙煎してみたりした。

そうしてなんとなくロングバケーションは終わった。

仕事の復帰と同時に、今度は風邪だ。症状から考えると、酷い風邪をひいていた母から貰ったと思われる。

しかし、普段は頼らない薬(葛根湯)と、普段食べない牛たん料理と早寝でなんとかしのいだ。

「てわけ」

「ふーん、なんかいろいろあったんですねぇ。でも水臭いですよ~なんにも知らせてくれないなんて」

「だって、お見舞いされても困るし。年寄りだからとか陰口されたくないし。なんとなく一人でぶらぶらしたかたったし」

「まあ、カモシカくんらしいというか。ここに来ればいつでも俺とかソーダちゃんたちに会えると思ってのことなんだろうけどな」

「まあ、そんなとこね」

「で、何飲む?今日のお通しは、ホヤ酢だけど」

「ああ、じゃあ日本酒かな。冷やで。」

「じゃあ、ホヤ酢に合うって言われてる蒼天伝 特別純米でどうだ」

「なにそれ?カッコいい名前」

「気仙沼の男山本店の酒だ」

「ふーん、楽しみ~」

「つまみはどうしようかな。せっかく日本酒だから、何かお勧めある?」

「カレイの昆布締めあるよ」

「それ好き!それと、ご飯系何か」

「じゃあ、塩鮭のおむすびでいい?」

「おっけー」

「食欲は変わらないんですねカモシカさんたら。なんかホッとしちゃいました」

おわり

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