彼らの旅 私の旅 ある夜の男の物語「気化器少年の旅」前半

「こんばんは・・・」
「いらっしゃい!」

「一人、ええですか?」
「どうぞーお好きな席に」

「飲み物何にします?」
「瓶ビールお願いします」

「アサヒ、サッポロどちらにします?」
「当然、サッポロじゃろ」

「あと、タコさんウィンナーありますか?」
「お、よくご存じで。前にもいらっしゃいましたっけ?」

「いやぁ、来たこたぁねえけど、カモシカさんに教えてもらいまた」
「おお、カモシカくんのお知り合い?」

「まぁ、おうたこたぁねえけどSNS繋がりとでも言うんでしょうか?」
「なるほど、そうですか。ちなみに、遠くから来られたんですか?」

「岡山ですわ。広島県と兵庫県の間です。わかりますかねぇ」
「え?バイクで?」

「なんとのぉ〜遠く目指しとったら、こんなとこまで来てしもうたんです」

「バイク乗りあるあるですね。カモシカくんとはバイク繋がりってやつですか?」

「まあ、それだけでもねぇねど、そんなもんかな?」

男は、ジョッキの生ビールを上手そうにグイッと飲み干し、もう一杯注文した。お通しは、頑張って、こしあぶらとタラの芽の天ぷら、藻塩添え。

つまみは、注文のタコウィンナーと、ほんのいたずらで、蒸し海鞘(ホヤ)を出してみた。

俺は、遠くから来たという客には、地元名産品を出すことに決めている。特に海鞘。客がどんな反応をするか、見ているのが楽しみで仕方ない。

男は、飲みっぷりも食いっぷりも見ていて気持ちがいい。実に美味そうに、飲み、食う。

タコウィンナーを完食すると、地元の酒が飲みたいと言う。日本酒の浦霞、あるいは宮城狭のロックはどうかと勧めてみた。

宮城狭のロックがいいと言う。蒸し海鞘も、初めてだと言いながら、上手そうに食べている。

「わし農業高校出とんよ。せーのに、電気屋に就職したんよ。ウケよう?」

男は、ゆっくりとウイスキーを舐めていたが、酔いが回ったらしく、ぽつりぽつりと語りだした。

俺たちバイク乗りに良くある話だ。
あの頃の、忘れられない旅の想い出ってやつ。

懐かしい片岡義男の本のページをめくるように、俺は、男の話を聞く。久々に宮城狭のハイボールを飲みながら。今夜のbarの客は彼一人だ。

「気化器少年の旅」

別に嫌な仕事ではなかった。

電気製品は好きだし、オーディオや映像機器はもっと好きだから、給料がもう少し多くて休日が週に2日なら続けてたかも。

でも、ぬるま湯に浸かってるような仕事も嫌だし。他にもやりたい事があるんではないか、悶々としてた。みつけたい気持ちがあったし、複雑な二十歳前だった。

農業高校で野菜専攻なのに家電の電気屋に就職って笑える。

店の店長に辞めたい旨を話すと、親会社の人と店長が「晩御飯食べながら話ししよう」と。

乗り気ではないが、焼肉なんで喰い気が勝ち渋々行った。まあ、でも気持ちは、決まってるんで止められたけども押し切った。

憧れ続けた硬派な川崎バイクで旅ができる。仕事辞めたら1番やりたかったことだ。

無職になった日、朝から準備して昼頃準備完了。とりあえず西に向かう。

正月明けの一月なんで、晴れてはいたけど、20kmくらい走った時点で、ジーパン一枚では寒すぎて我慢出来ず。スーパーの衣料品売り場で、じじ臭い股引きを買った。

ジャンパーは、バイク屋のおばちゃんが、新車買ったとき、裏地がNASAの開発した特殊素材の暖かいバイクジャケットをおまけで付けてくれたやつ。

赤と白のツートンでクシタニに似てるけど、クシタニではなかった。買えば三万くらいだったと思う。まあ売れ残りだろうが。笑

甘い考えのカズヒコは、夜には九州上陸出来ると思っていたけど、高速料金を払いたくないので国道二号線をひたすら西に走った。

山口県に入ると、夕方の寒さで力尽き、徳山で電話ボックスのタウンページでビジネスホテルのページを破って、片っ端から電話してホテル代を聞きまくる。

近くで安いホテルをみつけてバイクを止め、チェックイン。ビジネスホテルは、地下に駐車場がありスロープを降りて行く。バイクだと急な降りが少し怖く、恐る恐る降りた。

田舎の古ぼけた街にしては、お洒落なビジネスホテルだった。近くに工業地帯があり、出張族が泊まるのかもしれない。

20時をまわった頃、市内の商店街は、ほぼシャッターが閉まり閑散としている。一軒、古ぼけたパチンコ屋の照明が、暗い商店街に煌々と光っていた。

中を覗くと、時代遅れで羽台のヒコーキが沢山ある。客もまばらで出そうに無いが、少し打つと一万五千円になった。

これで少しリッチな居酒屋へ行ける。
1人の知らない居酒屋での食事は、寂しかったが酔っ払って静かに眠った。

次の日は、関門トンネルを抜けて別府の街を目指して走り出す。

この冬最強の寒波がきてるらしいけど、南国九州は、大丈夫でしょ?

変な自信があったが、軽く打ち砕かれて、寒さに震えながらなんとか別府の温泉街に来た。

峠の少し上から温泉街を見ると、寒い冬空のなか、湯けむりに覆われた別府温泉街が魅力的だ。

早く暖かい温泉に浸かりたい。とりあえず安宿を探す。

温泉街に似つかず、街のビジネスホテルのような8階建の少しくたびれたホテルだった。まあ、宿泊費は安いし、屋上には展望露天風呂があった。

温泉入って温まった後は、街の居酒屋に向かう。知らない街を徘徊するのは、楽しい。

「おにーさん!遊びは、どう?」

40代くらいのわりと綺麗なお姉さんに声かけられる。まだシラフなカズヒコは、いらないと手を横に振る。酔ってたら付いていくかも。

その後、何回か違う呼び込みに声をかけられたけど、全て断った。自分でも変に頑固になっている。

昨日のパチンコで儲けた金で、またパチンコ屋で羽台打ってみる。またニ万円くらい勝った。

もう、この旅は、持ち金使ってないかも。

またしても居酒屋で贅沢する。
でもやっぱり1人、寂しい。

帰っても、帰りに買った酒を呑んで夜中に吐いた。
完全に飲み過ぎた。

朝、ぼんやり見ていたテレビのニュースで、九州も寒波で雪が降りそうな天気。
どうしたものかと二日酔いの頭で考える。

とりあえず四国は大丈夫そうなことを、天気予報は言っていた。だから、単純にフェリーで四国に渡る作戦に変更したが、そう甘くは、なかった。

続く

物語部分と写真は、やまびーさん 作(ほぼ実話)です。 ※「やまび―」は、Xのアカウント名です。

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